歌手の全盛期〜Youtubeで知ったほんとうの渡辺はま子

渡辺はま子の全盛期

Youtubeが盛り上がって「ほんとに喜ばしいなぁ」と思うのは、ある歌手の全盛期の歌唱が聴けることです。

たとえば、渡辺はま子。

「蘇州夜曲」「サンフランシスコのチャイナタウン」等で有名ですが、わたしの世代が触れられるのは、「懐かしのメロディ」とかに出てくる以下のような映像や音源でした。

ま、正直、思い出による補正がなければ「聴いていたい」と思えるレベルじゃありませんね。

しかし、上記映像は1973年(昭和48年)の映像ですから、渡辺はま子63歳の時です。

この世代から次の世代くらいの方々にとって残念なのは、音響&録音&録画機器の発達が歌手としての全盛期とマッチしていないんですね。

ですから、以前は、戦前とか戦後すぐに活躍した皆さんの全盛期の、民衆から熱く迎えられた芸術をそのまま聴くことが難しかったんです。

さらに、昭和30年以降、急速にテレビが発達しちゃったので、はからずも、私のような全盛期の歌唱を知らない世代に、声が衰えてからの歌唱を聴かせなければならなくなってしまったわけです。

歌手ってのは言ってみればスポーツ選手ですから、体を使って声帯を震わせて空気を振動させて音をあやつるわけです。どーしても体が衰えると声も衰えるわけです。しょーがないんです。

後世から見ている・聞いている世代の義務

ですから、逆に言えば、我々のような後世から見ている・聞いている世代は、ある先人の歌手を評価するのに、その全盛期を聴く必要があります。義務と言ってもいいでしょう。

しかし、以前は、それが難しかったんです。

ということで、Youtubeができて、盛り上がって、ほんとに喜ばしいです。

渡辺はま子の全盛期の歌唱

では、渡辺はま子の全盛期の歌唱はどうだったでしょうか?

渡辺はま子2.jpg
不明 – 「支那の夜」宣伝用スチール, パブリック・ドメイン, リンクによる

調べてみると、彼女は明治43年(1910年)生まれなので、全盛期は昭和10年〜昭和25年くらいだと思われます。

その頃の歌唱を聞くと、確かに素晴らしいです。その芸術で、はるか年月を経た現在を生きるわたしも説得されます。

武蔵野音楽学校(現 武蔵野音楽大学)仕込みのファルセットが美しいですね。

そして、ファルセットにキャラクターがあります。

可愛らしくて、みずみずしい。

そこが素晴らしいです。

多くの場合、ファルセットで歌うとキャラクターがなくなって、同じような声になってしまいます。

ですから、美空ひばりでも都はるみでも、ファルセットだけで歌うのを避けて、曲の中に地声の箇所をもうけてキャラクター付けをするわけです。

それを、全曲ファルセットで通せて、完成度を保てるってのが歌手としての天性ですね。

上記動画で紹介されているCDは↓これ。すべて全盛期のオリジナル音源。オリジナル音源ってのは、ありがたいですね。こーゆーのって、だいたい、いつの歌唱かわかんないですから。

ついでに、動いてる渡辺はま子が見られる貴重な映画はこちら↓「黒澤明DVDコレクション」の第55号です。黒澤明の師匠である山本嘉次郎の監督作品で、黒澤明は助監督(制作主任)として関わったそうです。