20年ちょっと前に読んで感銘を受けた。

 

極限状態に置かれた人間が、どのような精神の作業を行うのかが体験的・実証的に記されている。

 

 

著者は、長編小説の書き手として名高い加賀乙彦。

 

昭和30年の11月、26歳の時に精神科医・小木貞孝(加賀の本名)として小菅の東京拘置所に赴任した際の実体験がベースになっている。

 

小菅に赴任してすぐに、自分が診察する患者にゼロ番因(死刑や無期懲役の判決を受けた重罪犯)が多い事に気づいた。そこから、加賀乙彦は死刑囚の研究に進んでいった。

 

当時の小菅にはその頃有名だった事件の死刑囚も多く、三鷹事件の竹内景助、帝銀事件の平沢貞通、幸浦事件の3人の被告、牟礼事件の佐藤誠、バー・メッカ事件の正田昭、横須賀線電車爆破事件の若松善紀、彼らとの交流、その他社会的には無名の事件の死刑囚との交流、それに基づく諸々が記されている。

 

特に私に響いたのは、

 

人間は、ある困難な状況に陥った時、精神の作業を行い、現在に都合の良いように過去を作り替えられる

 

という事。

 

例えば大石光雄(おそらく仮名)という死刑囚は、逮捕後、警察官や検察官に犯行を自白していたが、拘置所に入所後、自分の犯した強盗殺人が死刑に値する重罪だと気づき、架空の犯人を必死に考え出した。

 

ところが、公判において具体的な証言や尋問で簡単にそれが崩されると、次はガンゼル症候群というヒステリー反応に逃げ込む。

 

しかも、自分で考え出した架空の犯人への怒りと憎しみが自分自身にとっても迫真のものとなり、ついに架空の犯人の幻覚を見るにまで至ったという。

 

それは大石光雄だけでなく、何人もの死刑囚が死刑を免れるために、あるいは無実を主張するために、症状の軽重はあるが同様の精神の作業を行っている。

 

つまり、人間は、非常に困難な状況に陥った時、そこから逃避するため、自らの記憶の中の過去や出来事を作り替える事ができるのだ、と。

 

それが死刑囚の話であれば明確に問題があるとわかるが、普通の人間がそのような逃避状態に陥ったとしたら、自分にも他人にもそれが問題だと理解出来ず、恐ろしい事になる。

 

しかも精神の作業のみで容易に行えてしまうので、これは私自身にも、誰にでも起こり得る。

 

以来、自分への戒めとしていつも本棚に置くようにしている。