音楽

変貌するミューズ 歌手・松尾和子の伝記その3/箱根富士屋ホテル

松尾和子の歌手としての伝記を記しています。最初から読む方はこちら→ 若き松尾和子と母と姉たちが働いていた箱根・宮ノ下にある「富士屋ホテル」は、現在とは経営母体の異なる、明治中期に建てられた外国人専用ホテルで、敗戦後は米軍に接収...
音楽

変貌するミューズ 歌手・松尾和子の伝記その2/生地とお父さんと母方の音楽の血

松尾和子の歌手としての伝記を記しています。最初から読む方はこちら→ 松尾和子は、昭和34年に24歳でデビューした女性歌手です。 主に下記のヒット曲があり、昭和30年代中盤に一世を風靡し、「ムード歌...
音楽

変貌するミューズ 歌手・松尾和子の伝記その1

松尾和子の歌手としての伝記を記します。 なんでかっつーと、加齢を乗り越えて変貌を遂げた素晴らしい歌手だからです。 なのに、素晴らしい歌手としての情報よりも、スキャンダラスな情報の方があまりに多いからです。 ...
音楽

最晩年のカラヤンと若きスミ・ジョーの素晴らしい歌唱

カラヤンのDVDを見てたら、 ソプラノ歌手のスミ・ジョーが素晴らしく歌うシーンがあり、その部分の動画をYOUTUBEで見つけたので、ご紹介。 最初の方にカラヤンが「少し待って欲しい。一つ約...
日常

ある明治人の伝記その9(最終回)〜井上篤太郎/退職金の半分を故郷へ

厚木市 上三田出身で、京王電鉄を経営して業績を上げ、晩年は貴族院議員を務めた井上篤太郎さんの伝記その9です。最初から読む方はこちらから→ さて、京王電鉄が大東急に合併されたのは昭和19年です。昭和20年に戦争が終わり、昭和21...
日常

ある明治人の伝記その8〜井上篤太郎/昭和恐慌と大東急と京王電鉄での日々の終わり

厚木市 上三田出身で、京王電鉄を経営して業績を上げ、晩年は貴族院議員を務めた井上篤太郎さんの伝記その8です。最初から読む方はこちらから→ 篤太郎さんの経営下、順調に業績を伸ばしてきた京王電鉄ですが、昭和に入って恐慌が起こります...
日常

ある明治人の伝記その7〜井上篤太郎/京王電鉄の発展

厚木市 上三田出身で、京王電鉄を経営して業績を上げ、晩年は貴族院議員を務めた井上篤太郎さんの伝記その7です。最初から読む方はこちらから→ さて、篤太郎さん、大変な状況の京王電鉄の経営に乗り出します。 大正4年、5...
日常

ある明治人の伝記その6〜井上篤太郎/玉川電鉄から京王電鉄へ

厚木市 上三田出身で、京王電鉄を経営して業績を上げ、晩年は貴族院議員を務めた井上篤太郎さんの伝記その6です。最初から読む方はこちらから→ さて、政界を引退して実業界に戻った篤太郎さん、和田豊治の推挽で玉川電鉄の経営を任されます...
日常

ある明治人の伝記その5〜井上篤太郎/再び政界へ

厚木市 上三田出身で、京王電鉄を経営して業績を上げ、晩年は貴族院議員を務めた井上篤太郎さんの伝記その5です。最初から読む方はこちらから→ さて、篤太郎さん、十余年にわたって働いて実績をあげてきた富士紡績をやめ、再び政界に進出し...
電子書籍

ジャパネットの高田明(元)社長の、とっても勉強になる素晴らしい初著作

最近はあまりやっていないのですが、以前はホームページ制作業をしていました。1998年くらいからやっていたので、インターネットが普及する以前です。 ホームページを作って公開するだけでは、あまり効果はありません。パンフレットやチラ...
日常

ある明治人の伝記その4〜井上篤太郎/和田豊治との出会いと富士絹

厚木市 上三田出身で、京王電鉄を経営して業績を上げ、晩年は貴族院議員を務めた井上篤太郎さんの伝記その4です。最初から読む方はこちらから→ さて、篤太郎さん、実業界に踏み出して日本絹綿紡績を10年間発展させますが、経営者たちと意...
日常

疲れというか、ダルさというか、そーゆーものが取れなかった原因がわかった話。

この数年、寒くなってくると疲れというか、ダルさというか、そーゆーものが取れなくて困ってました。 「キツいヨガやってるせいかな?」 「ジム行ってるせいかな?」 「トシ(1965年生まれ)のせいかな?」...
日常

ある明治人の伝記その3〜井上篤太郎/実業界へ、日本絹綿紡績から富士紡ホールディングスへ

厚木市 上三田出身で、京王電鉄を経営して業績を上げ、晩年は貴族院議員を務めた井上篤太郎さんの伝記その2です。最初から読む方はこちらから→ さて、篤太郎さん、ぷっつりと政界と縁を切り、実業界に踏み出しました。 ...
日常

ある明治人の伝記その2〜井上篤太郎/32歳まで。学問と政治家と自由民権運動。

厚木市 上三田出身で、京王電鉄を経営して業績を上げ、晩年は貴族院議員を務めた井上篤太郎さんの伝記その2です。最初から読む方はこちらから→ 父・徳太郎が55歳で急逝した篤太郎さん、仕方なく東京での勉学を断念して帰郷し、17歳で家...
日常

ある明治人の伝記〜井上篤太郎/退職金の半分を故郷へ・厚木市 上三田出身

明治人は気宇が違うなー、と感じることがありせんか? 私が最初にそれを感じたのは、大昔、通っていた木造の立派な小学校が、昔の偉人が、自身の退職金を寄付して建てたものだ、という故事を知った時です。 私は東京都練馬区で...
文芸

読売新聞と渡辺恒雄と針生一郎

2010年に針生一郎先生が亡くなった時、新聞各紙に訃報が載ったんですが、読売新聞に大きめに掲載されていて、ちょっとビックリした記憶があります。 針生一郎と言えば、反権力の新左翼で、読売新聞と言えば政権与党の保守派だからです。 ...
文芸

針生一郎先生の最晩年〜サカガミ シノブさんのホームページから

美術・文芸評論家で和光大学教授で美術評論家連盟の会長だった針生一郎先生は、大学時代からの恩師でした。 画像引用:大木晴子氏の「明日も晴れ」から 晩年、ガンを何回か患われながらも、シャッキリされており「さすが反骨の美術評論...
文芸

もうすぐ12月〜名曲「サンライズ・サンセット」

もうすぐ12月ですね。12月というといつも連想するのは、「サンライズ・サンセット」という歌です。 ↓映画版から 確か小学校高学年の頃のある12月、「サンライズ・サンセット」がCMで流れていました。 「何て良い曲なんだ。この曲は何と...