ちょっと前の話なんですが、とある結婚式でヴァイオリニストの掛橋佑水ちゃんの隣の席になりました。

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↑可愛らしいですね。美人ヴァイオリニストですね。

 

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↑ブログが面白いです。特に楽器を弾く方はとても参考になりましょう。

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あとから知ったんですが、この方、桐朋学園大学出身で江藤俊哉に師事した、と。

 

なにぃ?

 

そしたら、あーた、諏訪内晶子とか川畠成道と同門ぢゃない!

 

日本で最高峰のヴァイオリン教室出身ぢゃない!

 

しかも大学卒業後は、オーストリアとハンガリーに留学した、と。

 

すげー(゚Д゚)

 

そんな実力派美人ヴァイオリニストの掛橋佑水ちゃんがですね、

 

「何か出ないのかな?

 

ってわけです。結婚式始まる前に、わたくしが席に座ってたら。

 

「え!?すか?」

 

と、ジョークのつもりで尋ねると、

 

「いいね。」

 

と、おっしゃるわけです。

 

「お酒、いいね (๑ ̄∀ ̄)」

 

と。キッパリと。

 

話を整理しますと、実力派美人ヴァイオリニストの掛橋佑水ちゃんが、初対面のわたくしに「酒ないのか」と隣の席からおっしゃっているのです。

 

「この人、面白いなー」

 

と。

 

ご存じのように、わたくし、面白女が大好きです。掛橋佑水ちゃん、ツボです。

 

で、酒を探しに行きました。

 

なかったです(T﹏T)

 

スタートしたらお酒も料理も出るので、とりあえず水飲んでてくださいっつって、お店の人に水渡されました(爆)

 

そんなこんなで、共通の友人でわたしの同級生のコントラバス奏者・吉田水子ちゃんと一緒にヨガ行ったりなんだりしてたのが数年前のこと。

 

そんなある日ふと、掛橋佑水ちゃんの音楽を一度も聴いていないことに気づきました。

 

であるにも関わらず、「良い音楽家」という認識がわたしの中にありました。

 

いかん、と。

 

つーことは、わたしは、「美人」と「学歴」と「留学歴」っていうことだけでモノ事を捉えている、と。

 

いや、掛橋佑水ちゃんが「良い音楽家じゃない」と言ってるわけじゃないんですよ。念のために記しますが。

 

その人の表現する音楽を聴く前に、良い音楽家かどうか判断しちゃいかんだろ、俺。と、思ったわけです。

 

芸術作品と、作者の人格や容姿や私生活は別の物です。切り離して考えるべきなんです。

 

そん時にですね、長年の疑問が一緒に氷解しました。

 

つまり、

 

「越路吹雪の歌の魅力ってなに?」

 

ってことです。

 

ここでやっと越路吹雪が出てきます。お待たせしました。

 

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母が越路吹雪のファンで、子供の頃から一緒に歌を聴いてました。

 

で、あるとき、テレビで見たんです。わたしが4〜6歳の頃、昭和45年前後のことです。

 

白塗りみたいでしてね、とても怖かったんです。おさな子には刺激が強すぎたんでしょうな。

 

こーゆー方向性です↓

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「三つ子の魂百まで」なんて言いますから、そん時の印象をずっと引きずってたんですね。そのため、越路吹雪の表現自体をそのまま受け入れることができなかった、と。「なんとなく怖い人が歌ってる」みたいな。

 

それは、間違いです。

 

繰り返しになりますが、芸術作品と、作者の人格や容姿や私生活は別の物です。切り離して考えるべきなんです。

 

というわけで、以後、越路吹雪の歌をジックリ楽しめるようになりました。

 

戦前の歌唱から亡くなる前まで、色々聞きました。

 

やっぱね、表現力が素晴らしいです。歌にドラマがあります。

 

で、女性歌手は特になんですが、年取ると声が変わっちゃいますから、そこをどう乗り越えているかというのが、著名歌手を聞く場合の一つの聞き所でもあります。

 

越路吹雪はドラマで乗り越えようとしていたように感じられます。

 

それが、おおよそ昭和45年以降のたたずまいとうか、化粧というか、歌い方というか、そーゆー全体を形作ってるようです。

 

それを、おさな子のわたしは見たらしいです。

 

その時期、「日生劇場でのロングリサイタル」というのが始まりまして大人気だったそうです。DVDになってます。

 

 

劇団四季の浅利慶太が演出して、越路吹雪の若い頃からの盟友だった岩谷時子がプロデュースしたそうですが、この方々とダンナで作曲・編曲家の内藤法美が、歌手・越路吹雪の在り方というか、コンセプトを修正したのかもしれません。

 

ちなみに、これ↓が1976年・昭和51年の歌唱です。

 

そしてこれ↓が、1965年・昭和40年の歌唱です。

 

NHKの「夢であいましょう」で使われた、六八コンビの作詞作曲の歌です。「上を向いて歩こう」の永六輔・中村八大のコンビですね。

 

越路吹雪の昭和40年以前の映像がなかなかなくて、一世を風靡した全盛期の姿を見ることができないのは残念ですが、さすがに日本最大のミュージカル・スター、シャンソンの女王ですね。「コーちゃん」ですね。とても魅力的です。

 

やっぱり、声が違いますよね。

 

「色んな音色を、色んな音量で出せる」

 

という余裕と自信が感じられます。

 

一方、1976年・昭和51年の歌唱は、身振り・手振り・表情が大きくなってますよね。そのあたりが、身体の衰えを乗り越えるために選んだ表現者としての手段だったんだと思います。

 

 

そんなわけで「掛橋佑水ちゃん、ありがとう」と、この場を借りて申し上げます。

 

ついでに、

 

「あたしは、お酒が飲めなくなるから、友達の結婚式での演奏はなるべく断ってるんだ。引き受けなきゃしょーがない時は、なるべく早くやらせてもらうんだ。」

 

と、酒飲み音楽家TIPSも教えてくれて、ありがとう。