変貌するミューズ 歌手・松尾和子の伝記その12/最終回 衰える声を補う歌唱法

松尾和子の歌手としての伝記を記しています。最初から読む方はこちら→

 

松尾和子の最後の変貌は、一つは年齢を重ねて声が衰えたこと、もう一つは歌手が必要とされなくなった時代が背景ではないかと思います。

 

本稿最初の方で述べたように、昭和20年代~30年代というのは、日本の歴史上かつてないほど歌手やミュージシャンが求められた時代でした。それは、連合国の占領による段階を経て、大変な災難のあと急速に成長する市民社会という需要があったからです。松尾和子も、その波に乗ります。

 

しかし、昭和40年代に入り、特に昭和50年代に入ると、どんどん歌手は必要とされなくなります。ヒットしている歌手・過去のヒット曲を持っている以外の歌手は、必要とされなくなります。

 

音楽再生装置が安価になって家庭に入った結果、音楽演奏はどこかに聴きに行くものではなく、家庭や通勤時間に聞くものになったからです。

 

そうすると、松尾和子のようなスターでも、歌う場所が減ります。そして、昔のヒット曲だけを何回も何回も歌うことになります。多くの聴衆は歌を聞きにきているわけではなく、流行歌手を見に来ているからです。

 

そうなると、歌唱のクオリティは問われません。ヒット歌手が出てくればお客さんは喜ぶわけですから。そのため、精進を怠って衰えた声を聞かせる方々多いですよね。しょーがないですよね。人間てのは誰かに認められるために頑張るわけで、認められちゃったらあんまり頑張る必要もないですから。

 

しかし、どーしたって声は衰えます。特に、同じ歌を同じように歌っているだけだと。

 

歌は運動ですから、体を鍛える必要があります。誰でも年齢を重ねると筋肉量が落ちますから、歌う筋肉を維持するために努力が必要です。しかし、歌唱のクオリティが問われない状況においては、筋肉量を維持するための精進をする必要がなくなりますね。

 

つまり、ヒット歌手の場合、ある場所に呼ばれて行って舞台に立てば、たーくさんお金もらえるわけですから、歌う筋肉を維持することは必要最低条件ではなくなるわけです。

 

というわけで、どーしたって声は衰えていきます。しょーがないです。

 

そんな中、松尾和子は昔のヒット曲の歌唱を進化させます。下記動画は1986年=昭和61年、松尾和子51歳の時の歌唱です。

声の衰えを、セクシーを増やすことで補っています。具体的には、タメとブレス成分をかなり多くしてますね。

 

ま、フェイク(ごまかし)と言えばフェイクなわけで、もうちょっと声がちゃんと出てれば、特に高音がもうちょっと普通に出せればこのようなフェイクも必要ないんでしょうが、ただ、そこら辺を補うためにこのような歌唱法を編み出したわけですね。

 

この妖艶な歌唱法というのは、ちょっと比較する人を思いつかないくらいオリジナリティがあります。

 

容姿でセクシーなのではなく、歌唱でセクシーを表現しています。

 

これがね、偉大です。このオリジナリティある表現が。50代に入ってるのに。

 

というわけで最初のテーゼに戻りますが、松尾和子は、加齢を乗り越えて変貌を遂げた素晴らしい歌手です。

 

流行歌手というのは、十代や二十代の良い声の頃に歌ったヒット曲を、三十代や四十代や五十代になっても、つまり加齢によって声が変わってしまってからも、同じ曲を歌わなければならないわけです。

 

で、多くの場合、変声にうまく対応できずに、ただ

 

「懐かしい歌手が当時の曲を歌っている」

 

という枠に収まっていくわけですが、松尾和子の場合は、年代によって歌い方を変えて対応し、それが非常に的確で、あるレベルを保っていて、見事でした。

 

松尾和子は、晩年に起きたスキャンダラスな情報で多くの人々に記憶されていますが、そうではなく、素晴らしい歌手としての業績が少しでも伝わるよう、本稿を記しました。

 

芸術家ってのは、表現された芸術によって評価されるべきで、私生活や性格は本質的なものではありません。つまり、芸術と人格は切り離して考えるべきだ、と。切り離して味わうべきだ、と。

 

松尾和子の芸術が皆さんに伝わる一助となれば、幸いです。

 

音楽

Posted by hirooka