変貌するミューズ 歌手・松尾和子の伝記その11/変貌後の歌い方

2018年8月17日

松尾和子の歌手としての伝記を記しています。最初から読む方はこちら→

 

糸を引くようなレガートで、ひっそりと奥ゆかしく、話しかけるように歌っていた松尾和子ですが、昭和40年代から変貌を遂げます。声の中音域〜低音域を強調し、ビブラートを深くして、個性を強調した歌い方へ変貌します。

 

おそらくご自身の声の変化に合わせて、もっと個性を出せる歌い方、特に声の出し方を模索したのでしょう。声の成分の高音域が減退したためか、あるいは中音域〜低音域のセクシーっぷりをご自身で確認したためか、デビュー時とは別の方向に舵を切ったんだと思います。

 

で、これが非常に見事に成功します。声がいいですしね。

 

ここが歌手として偉大です。

 

大ヒット曲を何曲も持った、成功した流行歌手が、歌い方・声の出し方を変えるわけです。勇気あります。簡単なことではありません。

 

例えば、松尾和子の2歳下で同じように米軍キャンプのジャズ歌手出身の江利チエミは、上手く変貌できず、歌手としての評価を下げています。

 

変貌後の歌は、例えば下記の『夜のためいき』という名盤で聞くことができます。昭和41年の録音。

 

また、下記の『或る窓』では、もっと個性を前面に出した歌唱を聞くことができます。平岡精二をプロデューサーに迎えて制作した昭和51年の録音。平岡精二は、戦後すぐに登場して活躍した名ビブラフォン・プレーヤーであり、「爪」「学生時代」など作詞・作曲・編曲者としても才能を発揮した才人です。彼もゲイ・セプテットに在籍していたので、二人は昭和20年代からの知古だと思われます。

 

ただ、面白い作品ではあるんですが、平岡精二のイメージを十分表現しているとは言い難いですね。平岡精二はとても先駆者で、現代的な面白い音楽を作ります。例えば「また逢う日まで」や「別れの朝」で、別れを迎えても女性が卑屈にならず、顔を上げて去って行くような、男と対等の関係を暗示する歌詞が新しい時代の女性像だと言われたんですが、その意味では平岡精二の「爪」の方がぜんぜん先を行ってます。その現代的なところにちょっと付いていけてない感じですね。ま、松尾和子にとっては実験作なので、そういうところに挑戦したんではありましょうが。

 

もう一つ、「東京ナイトクラブ」を。下記は昭和52年に収録されたNHKのビッグショーの映像です。上手いですね。

 

さて、この変貌を言葉で言い表すと、成人女性感や母性感を高めたっていう感じです。

 

デビュー当時の歌唱が少女が青春の不安と希望を胸に歌っているような表現だったとすると、変貌後の歌唱は、色んなことを知っていい女になった人物が歌っているような表現になっています。

 

とても優れた変貌だと敬服します。

 

ただ、これで終わりません。松尾和子の歌唱は、もう一回変貌します。

 

「その12」へ続く→

音楽

Posted by hirooka