変貌するミューズ 歌手・松尾和子の伝記その6/努力できる才能

2018年7月19日

松尾和子の歌手としての伝記を記しています。最初から読む方はこちら→

 

16歳でプロ歌手になった松尾和子ですが、可愛らしくて多少歌が上手いという以外、経験も実績も知識もありません。

 

そればかりか、持ち歌さえ2〜3曲しかありません。

 

ということを若き松尾和子自身自覚しており、努力を始めます。

 

「もうその日からプロですよ。でも持ち歌が二、三曲しかない。

 

休み時間に、いろいろなバンドの人にきくわけですよ。歌い手さんというのは、自分の歌は自分で譜面をつくらなきゃいけないのにあたしは持ってない。それからが大変。なまやさしいことでは許してくれないから、いびられたり怒鳴られたり・・・。

 

四、五曲レパートリーができて、あたしは中学しか出てませんでしょ。英語も読めない。だからキャンプ廻りのとき、やさしそうな外人の兵隊さんに側で読んでもらって仮名ふって暗記するんです。

 

(略)

 

英語は兵隊さんから、譜面はバンドの人にくっついて教えてもらって、少しずつレパートリーが増えてきましたよ。二年もした頃は、ジャズのスタンダード・ナンバーはほとんど歌えましたね」

引用↓

 

当時の進駐軍内のクラブには利用する兵隊の階級と同様に階級があり、代表的には下記の三種類があったそうです。

 

・将校クラブ

・下士官クラブ

・兵員クラブ

 

クラブによって音楽の好みが違うため、たとえば将校クラブでは上品でおっとり、兵員クラブでは元気の良い曲等、演奏の演じ分けが必要でした。

 

これは厳しい反面、ミュージシャンにとっては天国のような環境ですね。

 

お金をもらいながら、毎日毎日、客層によって演奏を使い分けて、様々な聴衆向かって、色々なミュージシャンと演奏できるわけです。ミュージシャンとして成長し、高みへ昇るにはこれ以上ない環境でしょう。

 

そのような豊かな音楽環境が、かつての日本にあったんですね。

 

そしてそれが、少し後、昭和30年代のナイトクラブブーム、ムード歌謡の全盛、昭和40年代以降の歌謡曲黄金時代への下地を作ったのでしょう。

 

努力という意味では、松尾和子は、19歳の時(1954年)、レイモンド・コンデに認められてゲイセプテッドの専属歌手になります。レイモンド・コンデは戦前から活躍したフィリピン人のクラリネット奏者&バンドマスターで、ゲイセプテッドは当時超一流のジャズ・バンドです。

 

松尾和子は、超一流バンドの専属歌手になれたと喜んでいたわけですが、レイモンド・コンデは便箋に100曲位の曲目を書いて、1日1曲、曲と歌詞を覚えて、さらに自分のキー(調)に直して、6人のメンバーの譜面を書いてきてくれ、と言ったそうです。

 

ひー!!(゚ロ゚)本気すか?(゚ロ゚)

 

当時はコピー機もありませんし、楽譜の出版も限られていたため、譜面というのはミュージシャン自身が誰かから書き写したり、耳コピで採譜して用意するものでした。

 

さすがに松尾和子も

 

「何も知らない曲を1日で覚え暗記する事など出来ません」

 

と言ったそうですが、

 

「それでは辞めてもらってもいいよ」

 

と、レイモンド・コンデは言ったそうです。

 

厳しいっすねー。

 

レイモンド・コンデは、知性あふれる穏やかな人だったそうですが、さすがに昔風です。

 

松尾和子、やると決めます。

 

寝る時間を3時間にして、信号の青が黄色に見えて、ノイローゼになりかかって、やせっぽちだったのにさらに痩せながら、全曲完璧にとは行きませんでしたが、何とかかんとかやり遂げたそうです。

 

「今までの歌手さんでこれをやり遂げた人はいない、和ちゃんだけだ」

 

と、レイモンド・コンデやバンドのメンバーに誉めらて、御飯をごちそうになったそうです。

 

ここがね、松尾和子のスゴさっていうか、才能っていうか、人と違う地点に行けた理由でしょうね。

 

100曲覚えるだけでも信じられないくらい大変ですが、それをさらに自分のキーに移調して譜面を書くまで行くと、もう殺人的です。

 

特に「6人のメンバーの譜面」てのが大変で、ドラム用・ベース用・ギター用、さらにレイモンド・コンデはクラリネット奏者ですからクラリネット用、それからゲイセプテッドにはビブラフォンが入っていたようなのでビブラフォン用を用意して、特にクラリネットの楽譜は普通のキーとは違うキーで書かなければなりませんから、移調した楽譜をさらに移調して記さなければならないわけです。

 

ひー(゚ロ゚)

 

学校で音楽を専門的に学んだわけでもないのに、松尾和子はそれをやり遂げた、と。

 

そこが、才能なんですね。

 

近年の研究では、「才能」というのは、誰かが初めから持っているものではなく、たゆまない努力の結果に獲得できるものであって、したがって努力できることが才能なんだ、ということがわかってきたそうですが、まさに、もう、松尾和子には才能があったんですね。

 

たぶん、レイモンド・コンデも本気で言ってるわけではなく、新人歌手のガッツや能力を試していたんでしょうが、松尾和子の才能に驚いたことでしょう。

 

「その7」へ続く→

音楽

Posted by hirooka