ベルナール・ビュッフェのミューズ・アナベルのミューズ以外の人生と主婦・宍戸游子の情熱

ベルナール・ビュッフェに関する本を読んでいると、若き日の話に、必ず「ピエール・ベルジェ」という人が出てきます。この人がビュッフェの社交性の欠如を補い、画商との交渉やマスコミへの対応等々を行っていたのだ、と。

 

後年、イブ・サンローラン本人とイブ・サンローラン社を共同で設立し、同社を世界的な企業に育て上げるのを手伝ったとても有能な人物だ、と。

 

ピエール・ベルジェについて、「友人」と書かれてたり、「パートナー」と書かれていたり、何とな〜くハッキリしない書かれ方をしてることが多いのでわからなかったのですが、二人は恋人だったんですね。ベルナール・ビュッフェはバイセクシャルだったんです。

 

しかし、ビュッフェは生涯のミューズ・アナベルに出会ってピエール・ベルジェと別れることになります。

 

ビュッフェとアナベルが出会ったのは、フランスのリゾート地サン・トロペです。驚くべきことに、その出会いの瞬間は写真になって残っています。カメラマンのリュック・フルノルの作品です↓

サン・トロペで、アナベルをモデルにリュック・フルノルが写真撮影をしていると、ちょうど休暇で訪れていたビュッフェが通りがかり、知人だったフルノルが声をかけてアナベルを紹介し、

 

「一緒に写真を撮らないか?」

 

と恐る恐る誘います。つまり、ビュッフェは既に大きな名声を得ていて、しかし人との接触を極力避けるような人物だということをフルノルは知っていたので、恐る恐る誘ってみたわけですが、ビュッフェ小さな声で、しかし気軽に承諾します。

 

一目でアナベルに好意を抱いたんでしょうね。別れ際、出会ったばかりのアナベルを、自身の誕生日パーティに招待したそうです。

 

そして、リュック・フルノルが普通の人と違って、さすがにプロの写真家なのは、画面上部に老婆を写し込んでいることです。これによって、リゾート地で談笑する初々しい若者のただのピンナップが、もっと奥深いモノに変貌していますよね。

 

さて、アナベル、日本ではビュッフェのミューズとして対で語られる場合がほとんどなんですが、出会った当時は歌手やモデルとして活躍していました。

 

後年、子育てが一段落してから、フランスで歌手としての活動を再開し、何枚もアルバムを出し、コンサートも開いたりしたそうで、ネットの発達した現在では歌手としての彼女を日本で気軽に聴くことができます。YOUTUBEにはいくつも歌唱がアップされてます。アルトのなかなか美しい声で、聴かせてくれます。

ついでに、Spotifyでもアルバムが聴けます。

 

で、アナベル、文筆家としてもいくつか著作を著していますが、日本語で読めるのは下記の1冊だけです。

 

 

世界的な画家を夫に持った、主婦歌手のエッセイとして面白い本なんですが、一番面白いのは、この本を翻訳した宍戸游子が18年かけて、フランス語を学びながら同書を翻訳し、出版社を探し回ってやっとこさ出版にこぎ着けたっていう情熱です。ですから、本書は「中央法規出版」という、文芸書としてはちょっと珍しい会社から出されています。中央法規出版は、法令・医療・介護・福祉関係の本を主に出版している会社です。

 

この本のタイトル『あやつり人形は三回まわる 女そして40歳から』の意は、はじめは親に、次に夫に、最後は子どもに、と女は三回糸に操られて生きなければならない。が、40歳、あやつり糸が切られたとき本当の自分自身が始まる、と。アナベルが40歳で歌手生活を再開する際の決意みたいなものでしょうかね。

 

宍戸游子は、俳優・宍戸錠の奥さんです。ビュッフェの妻であるアナベルへの共感、主婦として子育てが一段落した後の生きがいを探す時期だったみたいです。「何かを始めたい」と願っていたそうです。

 

当時、フランスで話題になっていた『あやつり人形は三回まわる 女そして40歳から』を読んでみたいと思っても、原書しかなかったので、フランス語の勉強を始めて、文章を書き始めて、アナベル自身に会って、すったもんだで18年かかって出版にこぎつけたんだそうです。

 

本文も面白いですが、出版の経緯を記した「訳者あとがき」が情熱に溢れていて、感銘を受けます。

 

そして「何かを始めたい」と願った主婦は、エッセイストとして活躍するようになります。

 

いいっすね。がんばる奥様たち。もうお二人とも故人ですが、何かを成し遂げようと努力する人間の姿はいつまでも美しいです。

文芸, 美術

Posted by hirooka