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西武セゾングループ・堤清二と詩人・辻井喬〜現実と苦闘した詩人の物語

堤清二が2013年に亡くなって、色々と堤清二を総括するような本が出されています。

 

堤清二は、西武セゾングループの経営者である一方、詩人・辻井喬としても活動しており、詩人経営者としてとても著名でした。

 

西武百貨店・無印良品、ファミリーマート・雑貨店のロフト・FM放送のJ-WAVE・大型書店のリブロ・セゾン美術館など「セゾン・グループ」として多様な企業を作り出しますが、結局経営は破綻し、2000年にグループは解体されました。

 

ついでに、西武の御曹司でありながら東大時代に共産党に入党して積極的に活動し、のちに党に除名された経歴も面白かったですね。

 

昭和20年代、共産主義は「古い世界をより良く作り替える新しく新鮮な思想」みたいに捉えられていたので、学生が共産党の活動をするのは特に珍しいことではなく、堤清二と東大同級生の渡邉恒雄(後の読売新聞社社長)や氏家齊一郎(後の日本テレビ社長)も一緒に活動していました。あの世代の人々は活動の幅が広いです。

 

で、堤清二が2013年に亡くなって、色々と堤清二を総括するような本が出されています。

 

西武セゾン・グループやパルコ系の文化事業ってのは、バブルの頃生きていた各世代にものすごーく影響を与えたので、それを生んだ堤清二というのは興味深い対象なんです。

 

ご本人も、西武セゾン・グループの経営を退いてからご自身の事業を顧みた文章も書かれてるんですが、失礼ながら、どーも話がよくわからない。

 

やっぱそこは、第三者の視点の方がわかりやすいですね。例えば、この本↓

 

で、思うのは、

 

「この人は優れた経営者と言えるんだろうか?」

 

ということです。

 

つまり、堤清二を総括する論調というのは、

 

「ビジネスは上手くいかなかったけど、色々な種を蒔いた」

 

みたいな感じなんですが、どうなんすかね?

 

なんか結局、銀行から金借りてビジネスを回してただけなんじゃないか、と。

 

あの時代の経営者にはみな共通することですが、つまり堤清二にも堤義明(西武鉄道)にも中内功(ダイエー)にも五島昇(東急電鉄)にも本田宗一郎(ホンダ)にも共通することですが、ものすごい成長期に事業をする幸運に恵まれたっていうことですね。

 

そうすると、経営者としての腕、つまり利益を上げる力量みたいなものは置いといて、銀行から金をどんどん借りて、それだけで大きくしていく、みたいなことが可能だったみたいです。

 

日本社会は、敗戦でほとんど何にもなくなった時から、ほんの10年〜20年で復興を遂げて、約40年ほどで株式や不動産へ過度に投資してバブルが起こってしまうような、ま、驚異の成長を遂げたわけです。日本社会自体が。

 

そして経済が成長する際には、色々なチャンスと新しい需要がどんどん生まれます。

 

そうすると銀行も、普段以上にどんどんお金貸したいわけです。銀行の本業はお金貸して利息取ることですからね。また、成長する企業がた〜くさんあるわけですから。

 

同時に、東京やその周辺に土地を持っている企業であれば、それだけで含み資産が膨大な金額なるわけです。西武鉄道とか東急電鉄とか。それを担保にすれば、どんどんお金貸せる、と。当時はね。

 

そんなこんなで銀行も色んなとこにお金出してたんだと思うんですが、西武セゾンも西武鉄道も、ついでにダイエーもそごうも、それに乗っかってビジネスとして辻褄の合わない成長をしてただけなんじゃないすかね?

 

で、結局、辻褄合わないから破綻しちゃった、と。

 

セブン・イレブンを立ち上げて驚異の成長を作り出した鈴木敏文が、この方はほんとに名経営者だと思いますが、堤清二を評してこう言ってます。

 

堤さんは、もう少し経理や財務に対する関心があったらよかったなと思いますね。やはりお金の使い方には、大らかなところがありましたね。

〜『セゾン 堤清二が見た未来』外伝 「セブン&アイ鈴木敏文名誉顧問が語るセゾングループと堤清二(後編)」

 

やわらかい言い方をしてますが、経営者としては致命的に低い評価な気がします。そこら辺の中小企業の起業家を評してるわけではなく、西武セゾン・グループの総帥を評した言葉なわけですから。

 

しかし、ま、経営ってのは難しいでしょーねー。

 

例えば、毎月決まった給料もらって、それをどうやって使おうか、何に振り分けようか等々考えるのはそんなに難しくありませんが、毎月何日と何日に入金があって、それをどこにどうやって払って、来月を見越して仕入れをしながら、売上の予測を立てて、過去の業績と比べて、しかも色んな人を動かして、みたいな複雑なことをこなすわけですね。

 

しかも目の前にあるお金が使えるお金じゃなくて、利益なのか返済なのか支払いなのか投資なのか、何のお金なのか想像しながら配分してかなきゃいけないわけです。キー!!ってなりませんか。キー!!って。

 

ですから、経営できるってのは特別な才能ですね。大きな企業になればなるほど。

 

堤清二は、詩人として優れていると思います。経営者としては以上の通りであり、さらに小説やエッセイも出してますが、やっぱ詩人として一番良いんじゃないか、と。

 

詩というのはイメージであり、観念であるわけですが、それに優れた詩人・辻井喬が、堤清二と名前を変えて経営という現実に挑んだところが、彼の面白さであり、偉大さじゃないすかね。

 

ですから、堤清二の経歴は「ビジネスの物語」ではなく、なんつーか、「経営に異なる意図を持ち込んで苦闘した詩人の物語」なんでしょうね。そう考えると、いっそう興味深くなりますし、奥行きが深くなります。